美術家の住まい について考えたこと

日本画家と漆芸家のSさん夫妻から、自宅兼アトリエをつくりたいという相談がありました。

〈日本画家のご主人の作品〉

 

 〈漆芸家の奥さんの作品〉

 

 

ご夫婦それぞれのアトリエと将来の子供室(2室)を考慮すると、土地探しからの新築戸建ては予算的に難しく、広めの中古マンションをリノベする方針で進めることにしました。

湘南エリアにある100〜120㎡の中古マンションを一緒に見て回りましたが、「これは!」という物件に出会いました。

・築33年(古すぎない)
・広々135㎡(ゆとりのあるアトリエにできる)
・海と江ノ島が見える眺望
・メゾネット住戸(1つの住戸が2階建ての構成)
・最上階の既存天井を剥がせば、最高天井高さ4mの空間ができる(Sさん達が最もワクワクした点)

物件価格と改装費(床面積×坪単価)を考えると予算オーバーでしたが、この物件で進めることにしました。

 

 

そんなSさん夫婦が心地よく暮らすために4つのことを考えました。

1)メリハリのある予算配分
2)よどみのない間取り
3)ワクワクするアトリエ
4)断熱をかしこく判断する

 

 

1)メリハリのある予算配分

こぢこぢのリノベーションでは、基本的にフルスケルトン改装を標準としています。
既存の内装をすべて解体し、躯体の状態から間取りを作り直すことで、床の遮音性や壁の断熱性、設備配管や電気ケーブルの更新まで、将来を見据えた快適さを確保できるからです。

しかし、この物件では予算内での購入が前提。そこで、既存の壁や天井を部分的に活かす方法を選びました。
「ある程度断熱が施されていること」や「既存の間取りがうまく使えそう」という設計者(小嶋)の判断のもと、必要なところにだけ手を加える形です。

もちろん、設備配管や電気ケーブルの全交換部分的な断熱補強など、ランニングコストやメンテナンス性、目に見えない心地よさにつながる改修は大前提。

さらに、家族が長く過ごすLDKやアトリエには自然素材を多く使用し、その他の部屋や設備はコストを抑えた仕様に。

こうしてメリハリのある予算配分を行うことで、快適さとデザイン性の両立を目指しました。

 

2)よどみ(澱み)のない間取り

この物件を初めて内見したとき、まず感じたのは「光がたっぷり入って、風通しも抜群」という印象でした。立地も申し分なく、暮らしやすそうな空間です。
ただ、唯一、気になる場所がありました。それが、洗濯機のある家事室とその奥の納戸です。

換気扇はあるものの、空気はよどみ、自然光は届かず、階段下で天井も低いため、そこに立つと息苦しく感じます。
(BEFORE 1階平面図 参照)

そこで、考えたのは、家族が自然に行き来できるウォークスルー型のファミリークローゼット。北側の家族室と南側のLD、両方からアクセスできる動線をつくることで、空気と光が流れる空間にしました。
さらに、閉ざされていたキッチンも、光と風が抜けるようにオープンに。これだけで、1階全体の印象がぐっと明るく変わります。

光と風が家じゅうをめぐる、開放感あふれる1階になりました。
(AFTER 1階平面図 参照)

 

BEFORE(LDK)

AFTER(LDK)

BEFORE(LD)

AFTER(LD)

BEFORE(キッチン)

 AFTER(キッチン)

 

3)ワクワクするアトリエ

物件を内見したとき、2階の天井裏に大きなデッドスペースが隠されていることに気づきました。点検口から覗くと、想像以上に広々とした空間が広がっていて、Sさんも思わず驚きの声をあげます。

その広がりを前に、「この空間をどう活かすか?」と頭を巡らせました。
ご主人の日本画は大作を床に置いて描くこともあり、窓側に広い作業スペースを確保したい。
奥さまの漆芸は埃が大敵。小さくても独立した工芸スペースが必要です。
さらに、将来は4畳半ほどの寝室も2階に確保したい。

それぞれの条件を重ねながら、サイズ感や位置を現場で想像していくと、自然とひとつのアイデアが浮かびました。
高い天井の大空間の中に、小さな工芸室と小さな寝室の小屋をそっと置く――いわゆる「入れ子構造」のアトリエです。

その場でSさん達に提案すると、「おもしろそう!やってみたい!」と目を輝かせました。

こうして、天井の高い大空間に小さな小屋がそっと並ぶ、遊び心あふれるアトリエが生まれました。

 

BEFORE(2階 アトリエ)

AFTER(2階 アトリエ)

BEFORE(2階 アトリエ)

AFTER(2階 アトリエ)

BEFORE(2階 アトリエ) 

AFTER(2階 アトリエ)

 

4)断熱をかしこく判断する

この家の壁には、すでに薄めの発泡ウレタン断熱が入っていたため、北側の黒カビなどはなく、窓に内窓を付けるだけでも、ある程度快適に過ごせる状態でした。

ただし、新しい法律の基準や将来の省エネ基準を考えると、この断熱だけでは不十分。全解体して断熱を入れ直すと予算オーバーになるため、「必要な範囲だけ、効率よく断熱する」方針にしました。大工さんが施工できる範囲の壁・天井だけを補強し、無駄な工事は避けています。

結果として、快適性や光熱費の面でもコスパの高いリノベになりました。

【断熱補強した場所】
・1階北側の共用廊下に面した壁・梁(+断熱内窓)
・1階・2階南側バルコニーに面した壁・梁(+オーク内窓)
・2階アトリエの勾配天井裏(+オーク内窓)
・2階寝室の天井裏
※マンションの修繕計画では、10年後に断熱サッシに交換予定

【オーク内窓のポイント】

オーク内窓を付けた目的は「デザインの向上」と「多少の断熱効果」です。古いアルミサッシの見た目を隠し、額縁のように景色を美しく切り取ることができます。断熱は既存サッシに比べて熱の出入りをやや抑えるため、温度差を和らげる効果があります。気密性はほとんど変わりません。性能重視の方は専用の断熱内窓がおすすめです。

今回のマンションでは、10年後にサッシ交換が予定されていたので、南側の窓にはデザイン性重視でオーク内窓を採用しました。既存窓から少し余裕を持たせて取り付けているので、将来のサッシ交換後も使い続けられます。

参考:小嶋自宅(こぢこぢの家)のオーク内窓


小さな工夫のひとつひとつが、Sさん夫妻の暮らしと創作を豊かにします。
遊び心と快適さが両立する住まいで、日々がのびやかに育まれることを願っています。